IT導入に重要な「プロジェクト」の考え方

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中小企業診断士の坂井です。

中小企業の皆様は大手企業と異なり、限られたリソースと地域や顧客などにおいて、特徴的なビジネス環境で日々業務を遂行していらっしゃると思います。また、インターネットとスマートフォンが普及し、特にITソリューション界隈ではベンダーが解決案(ソリューション)を売り込みに行くのではなく、顧客自身が既に課題とソリューションを発見した顧客からの問い合わせに応じた営業が求められると言われています。

この文章を読んでおられる中小企業の経営者、あるいはそれに近い方々も「導入したいソリューションのイメージは既にある」という場合がほとんどではないでしょうか。具体的な名前や、区分(例えば、WordPressであればCMS, インターネット通販であればECなどのような)が分からなくても、どこをIT化すべきか分かっている、という状態です。

しかし、そのような課題意識があるにも関わらず、事業者が単体でITソリューションを導入すると失敗、あるいは失敗しないまでも「こんなはずでは……」というくらい難航してしまうことがあります。ITに詳しく、また自社の業務に精通し、やる気に満ちたマネジャーが携わっていても、です。

何故でしょうか? 理由は、全てではありませんが、「プロジェクト」という仕事の仕方に会社が慣れていないから、という場合があります。

IT導入に重要なプロジェクト

日常業務とプロジェクトの認識のギャップ

先に述べた通り、中小企業では人手を含めて様々なリソースが限られ中で独自の事業環境の中、業務を遂行しています。そのため、多くの中小企業では、特定の業務を専門とするスタッフが少なく、一人一人が多様な業務を担当している場合が少なくありません。このような仕事環境の中で、従業員は担当業務を円滑に進めるために日々努力を重ねています。例えば、販売やそれに伴う売上の計上、顧客先への挨拶回り。あるいは工場での製品の製造、検品、出荷などの業務とバックオフィスの総務や経理業務といったものが挙げられます。

実は、これらの日々の仕事と、ITを導入するような仕事は、仕事の種類として異なるものなのです。

特にIT導入などの世界で認知され、「プロジェクト・マネジメント」において世界的なデファクトスタンダードとされる、Project Management Institute® のPMBOK®ガイドによれば、プロジェクトとは

独自のプロダクト、サービス、所産を創造するために実施される有期的な業務。プロジェクトの有期性とは、プロジェクト作業やプロジェクト作業のフェーズに明確な始まりと終わりがあることを示している。

PMBOK®ガイド第7版 プロジェクト標準 p4より引用

とされています。「独自のプロダクト、サービス、所産」ってなんだ?? と冒頭からよく分からないなと思われるかもしれませんが、この記事内ではIT導入を実施すると考えていただいて差し支えありません。重要なのは、「プロジェクトの有期性」であり、「作業に明確な始まりと終わりがある」という点です。

当たり前のように思われるかもしれませんが、日常的な業務(定常業務)には明確な始まりや終わりが存在していない場合がほとんどです。もちろん定時もありますし、会計上は締め日なども存在しています。しかし、顧客からの問い合わせは毎日来ますし、製造も間に合わなければ仕方なく残業をする……、あるいは今月トラブルがあって製造量が目標に間に合っていなければ、翌月の操業度をあげて調整するといったことが行われます。このように、次につながっていくのが、通常の業務です。

しかし、ITの導入などは、ある程度の移行期間があるにしても、期限内に成果を上げることを目指す「プロジェクト」で、その終了日だけでなく途中の経過(プロジェクト作業のフェーズ)の期限も重要な業務です。

もうご理解いただけたかと思いますが、日常的にプロジェクト業務を取り扱う職種でない場合、このようなプロジェクトと定常業務の違いを認識が不足しがちです。そしてこの認識の不足は、IT導入のようなプロジェクト進行時に、計画の立案、実施、各段階や成果の評価といったプロセスにおいて問題を発生させる可能性を高めます。

そして、定常業務は上手くいっていたのに、IT導入でつまずいてしまい、社内の雰囲気が悪くなってしまい、「ITは自社には向いていないのか……」と間違った学習をしてしまう原因にもなり得ます。

IT導入の重要性

このようにIT導入には普段とは違うプロジェクト業務を実施するという、IT自体とは全く異なる難しさがハードルとして存在しています。それは、「よく分からないから……」という心理的ハードルとも別の、業務の性質の違いです。

しかし、一方で現代の事業環境は急速に変化し続けており、デジタルトランスフォーメーション(DX)やテクノロジーの進化、そして2023年現在では高度なAIがビジネスの成功要因となっており、日本政府もそれを強調しています。ITの導入は、効率化、生産性の向上、コストの削減、新市場開拓、従業員にとって魅力的な職場環境の構築など、非常に多岐に渡る利点を企業にもたらします。

今や若い労働者にとってITは専門家のためのものではなく、「普通の」職場環境となりつつあります。だからこそ、これらの変革の波に取り残されないために、IT導入を積極的に考え、日常の業務と性質を異にするプロジェクトに帯する認識やスキルを向上させる必要があります。

ここでは、特に日常業務とプロジェクトを区別しないでスタートしてしまった場合に直面しがちな、いくつかの問題・課題とそれに対するアプローチの例を紹介します。

日常業務の延長としてプロジェクトに取り組む際の問題

曖昧な計画

定常業務では、業務を実行する順序の前後や、数日~数週間程度の遅れや調整といった柔軟な対応が可能が多いです。特に社歴が長く、優秀な人材ほどこのような臨機応変な対応が得意で、また、社内外においても人望やそれまでの実績などから、多少の無理にも対応してもらえる場合があります。

しかし、プロジェクトでは明確な計画や期限が求められます。それはITソリューションの契約や導入支援の期限であったり、補助金申請の締め切り日であることもありますし、もっと実際的な、ITソリューションを動かすために必要な数値データや文書、現在の業務フローを記した文書であったり、取引先との合意である場合もあります。契約や補助金の期限であれば企業は余計なコストを支払うことになりますし、実際的なデータや作業、顧客との合意であれば、作業が完了するまでの次のフェーズが開始できず、遅延が発生します。

当初からこのような、順序や期日を含めた計画を定めずに実行すると、業務の優先順位が曖昧になり、結果として遅延や事故につながります。

プロジェクトを柔軟に遂行する「アジャイル」という考え方もありますが、その場合でも短い期間で実行する業務を定め、その期間では実行しない業務を管理するバックログといった考え方が必要になるため、「計画を立てるのが難しいからアジャイルにしよう」と手を出すと同様の問題、またはもっと重大な問題が発生する可能性が高まります。

優先順位の誤解、不明瞭さ

特にリソースの限られる中小企業では、定常業務とプロジェクト業務の両方を並行して遂行することが求められる場合が多くなります。プロジェクトが単一の部署内だけで完結し、プロジェクトの責任者と日常業務の責任者が同一であればいいですが、そうではない場合、優先順位の判断が難しくなり、また責任者同士の対立に発展しやすくなってしまいます。

また、責任者が同じであった場合でも、経営者はIT導入プロジェクトを優先してほしいと考えていても、従業員側は定常業務を優先してしまうということはよくあります。これは、顧客・取引先からの人間的な要求が要因である場合もありますが、日常的に行っている業務の方がよく知っておりストレスなく実行出来るためにそちらを優先してしまうといった要因も強く影響してきます。

リソースの不足、偏り

特定の部署に大きく関わるITソリューションの導入の場合、予算が部署の年間予算の中で考慮される場合があります。例えば、クラウド会計ソフトであれば、経理部門の予算として考えられるという場合です。

中小企業の場合、事業部制を採用している企業が少ないことから、このような金銭的リソースを部署として計上することは少ないと考えられますが、それでもITソリューションを利用するためのPC, モバイル端末の導入などにおいて、日常業務の延長としてとらえると非常に大きな金額となる場合があります。

この場合、プロジェクトとして予算を計上しない場合は、予算が不足する場合があります。

先に述べた優先順位も人的リソースの偏りと言えるため、アウトソーシングの活用なども含めてリソースが不足、偏重して障害になるケースがあります。

専門家・コンサルタントによるサポートのメリット

先に述べたように、IT導入プロジェクトに際しては、多くのハードル、課題が存在します。これらの課題は、ITに関する専門的知識の他、企業風土に馴染んだ人ほど強い影響を受ける、人間的ものも多く存在しています。

外部の専門家やコンサルタントのサポートは、専門知識の不足を補助し企業風土を客観的に評価し、課題を円滑に乗り越える手助けにもなります。

経験と専門知識のサポート

ITの専門家や経営コンサルタントは多くの企業やプロジェクトの経験を持ち、ITソリューションや事例の研究を行っています。これらの専門知識を活用することで、各企業に固有の課題やハードルを効率的に解決する助けとなります。

客観的な視点

長く安定して成長してきた企業ほど、独自の視点や業務のやり方といった強固な企業風土を有しています。これらは、変化が必要ない場合には業務を円滑に遂行する潤滑油、あるいは推進力となります。しかしIT導入プロジェクトのような変革の際には障害になるケースも、残念ながら存在します。

これらの企業内部からの視点では見えづらい課題や指摘しづらい課題、改善点を、外部の専門家を活用することで客観的に評価、指摘することができます。

リソースの最適化

外部のコンサルタントは、定常業務に必要なリソースとプロジェクトに必要なリソースを分割し、最適化することができる専門性を有しています。また、予算面についても、プロジェクトのスコープ(範囲)を明確に定義し、効率的かつ明確な基準で設定することができます。

また、人的リソース管理についてもプロジェクトマネジメント、スケジュール管理の技法を提供することで、管理を実施しやすくします。

スキルアップのための教育の提供

ITソリューションの知識だけでなく、導入にあたってプロジェクトマネジメントの手法や、ITソリューションの評価・導入方法に関して社内に存在しなかった外部の知識に触れ、学習する機会を提供することが可能です。

プロジェクト業務は、IT導入に限らず展示会への出展や採用のための企業説明会の実施といった、事業を拡大する上で重要な業務に活用できるため、非常に効率のいい人的投資となります。

専門家と連携し、プロジェクトを成功させるアプローチ

ここまで、IT導入はプロジェクトであり、それは定常業務と異なり、課題が多く発生する可能性と専門家の連携のメリットについてみてきました。最後に、包括的にIT導入プロジェクトを成功させるために必要なアプローチを考えます。

まずプロジェクトとプロジェクトマネジメントの基礎教育の実施が必要です。プロジェクトが有期性がある点は参加者、ステークホルダーに周知する必要があります。もちろん、導入するITソリューションの重要性は言うまでもありませんが、定常業務とは異なる予算・コストをかけて実施するため、企業運営においては期間は重要な考えです。さらに、昨今の事業環境の変化速度を考えると、スムーズに、かつ競合企業に先んじてIT導入を果たすことで得られる競争優位性も見過ごせません。

また、通常はあまり意識しない従業員同士の業務の順序や並行した実施などの業務プロセスのフローも重要です。定常業務では各従業員のところに多くの仕事があるため、多少手待ちがあっても他の業務を実行できるため、全体で見ればスムーズに業務が遂行されます。

しかし、有期性のあるプロジェクトではこれがそのまま全体の遅れへとつながるため、普段の業務とは異なる種類のものだといいう認識が重要です。

次に、明確な役割分担とオーナーシップも重要です。ある程度以上の従業員がいる企業であれば、役割分担がされていることが通常です。そのため、この点の重要性は見過ごされてしまうこともありますが、プロジェクト業務では通常の組織構造とは外れた役割を持つ従業員が現れる場合がしばしばあります。

その際に、定常業務との区別がついていないと、「普段の自分の業務ではないから」と、「定常業務を担当しそうな人」に丸投げしてしまい、責任の所在が不明確になるといった場合があります。

例えば、普段は電子メールの返信をしない総務部のAさんが、新しくクラウドメールシステムを導入する際に、顧客データの差し込み機能を有するテンプレートの制作を担当したとします。その際、顧客に返信する営業担当者に「テンプレート作っておいて」と依頼したきりになってしまうといった事例です。営業担当者は、顧客データの差し込みの仕組みや、どういった顧客データを差し込めるかも分からないため、作業が進みません。このような場合は、Aさんは元になる文章を請求し、テンプレートを作成した後、営業部に確認するといった動きが適切でしょう。

上の例のように、明確な役割分担を有していても、結局定常業務で関連する部署との連携は発生します。このような場合には、担当を明確にするだけでなく、自分の業務だと認識する「オーナーシップ」の概念が大切です。外部の専門家やマネジャーは、担当者に対してオーナーシップを発揮してもらうための指導や対話を実施します。

役割分担やオーナーシップが正常に機能し、プロジェクトの実行プロセスが問題なく実行されているか確認するためには定期的な進捗確認も重要です。単純な報告会は「時間のムダ」と言われる場合もありますが、進捗の度合いや発生しているリスクの確認は必要です。報告書で「問題なし」となっている場合でも、現場レベルでは先の予定やプロジェクトの外部にリスクを抱えている場合もあります。そのため、定期的な進捗の確認は重要で、また、発生した/しそうなトラブルを報告しやすい、心理的安全性を確保したプロジェクトマネジメントを実施する必要があります。

これらのアプローチは定常業務のマネジメントを行いながらでは難しい面もあります。特に、定常業務ではリスクを報告する文化のない組織では、不安点や懸念点を口にする点がはばかれる場合もあります。また組織内のプロジェクトの責任者も充分なスキルを有しておらず、また責任により心理的負担を感じやすい業務です。

そのため、専門家やコンサルタントと定期的にコミュニケーションを取り、アドバイスやフィードバックを元にプロジェクトの推進、改善を図っていくことが重要です。

終わりに

今回は、IT導入には欠かせないプロジェクトという概念とその推進方法について概要をご説明しました。IT導入と普段の業務が違う、ということは文字にしてしまうと自明のことのように思えます。しかし、実際に何が違うのか? というと、その期間に始まり、業務の遂行方法や責任の所在、問題に対するアプローチの仕方など実に様々な、ほぼ全てのことが違うといっても過言ではありません。

その点を軽視して実行し、お金や時間といった経営資源を浪費するだけでなく、自社の競争優位の源泉を有していた人材まで辞めてしまった……となっては、取り返しがつきません。仮にIT導入が完了したとしても、それは成功とはとても言えないでしょう。

そのため、ITを導入する際には「これはプロジェクトで、いつまでも続くものではない」「終わった後は、通常の業務にできたものを使う」と最初に明確に区別した説明からスタートすることをお勧めします。


カバー画像:UnsplashAlvaro Reyesが撮影した写真

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